【第11回(最終回)】この架け橋を次の世代へ。〜時空を超えて流れる「駿河のものづくりDNA」〜
第1章:伝統とは、形を変えながら生き続けるもの
全11回にわたってお届けしてきた『模型の世界首都・静岡のルーツを巡る〜家康公と職人たちが架けた未来への橋。400年の時を超える「ものづくりDNA」〜』も、ついに今回の第11回でフィナーレを迎えます。
ここまで一緒に旅をしてくださったみなさん、本当にありがとうございました!
古代の久能山に眠る平安の国宝『久能寺経』や源義経の『薄墨の笛』から始まり、武田信玄の山城、徳川家康公の遺言と久能山東照宮の造営、江戸時代の駿河雛人形やひな道具、大正・昭和の木製模型飛行機、そして現代のタミヤやバンダイのプラモデル、ミニ四駆へ――。
こうして振り返ってみると、ひとつの確かな事実に気づかされます。
**「静岡のものづくりは、時代に合わせてその姿をガラリと変えてきた」**ということです。
木材からプラスチックへ。神社の彫刻や雛人形から、世界を驚かせるプラモデルやガンプラへ。
素材や作るものは時代とともに大きく変化しました。しかし、形が変わっても、その奥底に流れる**「細部にまで魂を込める執念」「無から有を生み出す情熱」「本物以上に美しく作ろうとする美意識」**という本質は、数百年間、この静岡の土地で一度も途切れることなく生き続けています。
伝統とは、古い形をただそのまま守り固めることではありません。時代の変化に合わせて姿を変えながら、その「魂」を未来へ繋いでいくことなのだと、静岡の歴史が教えてくれます。
第2章:私たちが立っている「架け橋」の意味
歴史とは、決して教科書の中に閉じ込められた「過去の出来事」ではありません。
今を生きる私たちが、古代から未来へと続く、果てしなく長いリレーの真っ只中に立っているということです。
1000年前の平安貴族が平和を祈り、400年前の江戸の職人が技を磨き、昭和の職人が木を削り、現代のエンジニアが最新の金型を彫る。そして、現代の私たちが指先を動かしてパーツを切り出し、ニッパーを握ってプラモデルを組み立てる――。
そのすべての営みが、一本の太く美しい線で繋がっています。
私たちは今、歴史が育んだ最高の「ものづくり文化」という架け橋の上に立っているのです。
普段、何気なく手に取っているプラモデルの箱。その小さな箱を開けた瞬間に広がるプラスチックの匂いと精密なパーツの山には、400年分の職人たちの汗と誇り、そして家康公をはじめとする歴史の主人公たちの想いがぎっしりと詰まっています。
そう思うと、自分の手でひとつひとつのパーツを組み立てていく時間が、急に尊く、愛おしいものに思えてなりません。
第3章:この架け橋を次の世代へ。
だからこそ、この連載の最後を締めくくる言葉として、みなさんに一番伝えたいメッセージがあります。
「この架け橋を、次の世代へ。」
歴史から受け取ったこの素晴らしい「ものづくりDNA」と「創造する喜び」のバトンを、私たちはここで止めてはなりません。
次の時代を担う子どもたちが、また新しい素材で、新しいテクノロジーで、まだ見ぬ新しい未来を自分の手で組み立てていけるように。
デジタル画面を見るだけでなく、自分の手を動かし、試行錯誤しながら何かを創り出す楽しさを、大人が背中で見せていきましょう。この静岡という特別な土地が持つ「ものづくりの誇り」を、次の世代へと手渡していきましょう。
全11回にわたる歴史タイムトラベルに、最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
さあ、物語はここで終わりではありません。次はあなたの番です。 今日、あなたの手で、新しい何かを組み立てていただけたら、幸いです。
作って終わりではなく、指先に魂を込めて作ったもので遊ぶ、飾る、自分なりに嗜むことで皆さんの生活がより豊かになることを願っております。
【今回の情報の出所・参考文献】
久能山東照宮・鉄舟寺・静岡市歴史博物館 所蔵全史料
『静岡県史』通史編(近世・近現代)
日本プラモデル工業協同組合 / 静岡模型教材協同組合 50年史
『本光国師日記』『駿府記』『甲陽軍鑑』